ブッシュ政権下におけるアメリカの教育(マーティン&ヒューストンインタビュー、『バックラッシュ!』本未収録部分)

バックラッシュ! なぜジェンダーフリーは叩かれたのか? (キャンペーンブログはhttp://d.hatena.ne.jp/Backlash/)において、ジェーン・マーティンさんとバーバラ・ヒューストンさんという二人の教育学者のインタビューをさせていただいた。
その際、スペースの限界と、インタビューの他の部分と若干テーマ的にずれるところから、収録されなかった部分がある。
短いセクションではあるが、お二人は、ブッシュの政策に基づいたアメリカの教育の現状の問題点、とくに現場の状況に言及されていて、興味深かった。
そこで、ここにその部分を掲載しておこうと思う。


ブッシュ政権下におけるアメリカの教育


H: バーバラ・ヒューストンさん
M: ジェーン・マーティンさん
Y: 山口智美


Y: もうひとつの大きな質問なのですが、ブッシュ政権の政策によって、アメリカの教育はどうなっているのかに関してです。これらの政策は日本の状況にも関係が深いのです。保守派は、アメリカで起きていることを「国際的」な流れとして使いたがります。


H: 特に、今現在、日本は保守的な政権だからですよね?


Y: そうです。とくに性教育とか、予算が配分される方法とか、ネオリベラリズムの考え方に基づいて、学校(大学)同士が競争するようになったりとか。競争は激しく、ナショナリズムは高まり、性教育は抑圧されたりと、似たようなことが起きています。現在の、アメリカでのとくにジェンダーと教育に関しての状況について、ご意見伺えますでしょうか。なんだか大きな質問ですが、、


H: 最悪だと思います。どこから始めればいいのかという感じですよね。


Y: 何が最大の問題だと思われますか?


H: そうですね、ある意味では、私は最悪の問題はトップダウン型の行政だと思います。実際の教育現場からはるか遠くに離れた人たちが教育政策を作っていることが、子どもや教師の生活を荒廃させていると思います。教師になる若いひとたちの中で、最初の5年以内に、50%の人たちが教員をやめてしまっているのです。


Y: 50%も?すごい割合ですね。


H: ものすごい割合です。この50%もの人たちが、ちょうど教師として慣れて、いろいろ上達してきた頃にやめてしまうという状況で、どうやってこの国や社会の若い人たちの教育に関心をもつ人にとって、安定した職業とすることができるのというのでしょうか。


Y: やめてしまう理由は何ですか。


H: 様々な理由があります。給料は一般的に安いですし、労働条件も最悪です。自分で物事を決める自由もありません。(ブッシュが導入した)統一テスト政策 *1のせいで、やることがどんどん増えるばかりです。そして障害者のこと。これについては様々な意見があるのですが、ポイントは教師がありとあらゆることをやらなくてはいけなくなっているということなのです。そして、教師は自分の仕事内容も決めることがでいないのです。カリキュラムも作らなくなって、カリキュラムパッケージというものを送られて、自分が教えている生徒たちにうまくいくかいかないかに関係なく、そのカリキュラムに沿って授業をしなければならないと言われます。生徒たちがテストでどんな点数をとったかで、教師の給料にも関係してきたりと、テストの影響が本当に大きいのです。最悪の状況だといえます。


Y: そうしたら、よりトップダウンになっているということですか?


H: そう思います、(マーティンさんは)どう思われますか?こういう様々なことをしろという国の指令のために、、。


M: 以前は全くトップダウンではなかったのです。そう昔ではない時代、教育においては、地域の学校で行われていたことについて、州でさえもほとんど手出しできなかったくらいでした。その数字はどこからのものですか?


H: ニューハンプシャー大学で私たちが行っている教員養成プログラムでは、全国平均よりかなり高い割合で、教員が職をやめないで残っているのです。確か、80%か85%くらいのプログラム卒業生が、教職を続けます。全国平均は50%なのです。私の大学の教員養成プログラムの長をやっている人が調査をしたので、私は数字を知っていました。


Y: だとすると、かなり危うい状況なわけですね。教員の大部分は女性ですか?


H: そうです。この国では、教員の大部分が女性で、しかも白人です。生徒の層を見てみれば、これはとんでもないことだとわかります。この事実を受け入れるのが難しいくらいです。
 私のいるニューハンプシャー大学では、マイノリティの教員のためのプログラムがあります。ニューハンプシャー州というのは、白人が大部分の州なのです。住民たちを見てみた場合。マンチェスターなど、都市部にはマイノリティの人たちの数は多めではありますが、私の大学に来たいというマイノリティの教員たちを支えるほどの数ではないのです。(大学のプログラムに)数人はいるし、それはいいのですが、でも、、


Y: ということは、この政権の下で、女性の状況は悪くなっているといことですね。


H: そうですね、タイトル9 についていえば、悪くなっています。タイトル9*2を引っ込めたいわけです。
 今起きていることというのは、テストの重点化のために、教師たちが他の事ができなくなってしまっているのです。例えば私の授業をとる学生たちは、何もする時間がないと言います。学生たちは、この状況を当たり前のことだと思ってしまっていて、どうしたらくつがえせるのか、崩せるのかとか、変えられるのかなどと考えないのです。テストをしなくてはいけないので、他のこともしなくては、といったような感じになっています。まだインターンシップもしてないし、学校にも(教育実習などのために)行ってない学生たちが、すでにテストについて、そしてそのために子どもの教育において重要な様々な他の事柄に力を注ぐことができなくなるかについて、心配しているのです。すでにこの影響が出ているのがわかりますよね?

*1:“No Child Left Behind” (落ちこぼれを作らない)と呼ばれる政策で、2002年にジョージ・W・ブッシュ大統領が”No Child Left Behind Act”「落ちこぼれを作らない初等中等教育法」を法制化し導入。 実際の条文については以下のサイトを参照。http://www.ed.gov/policy/elsec/leg/esea02/index.html この法律のもと、数学と英語の読解について3年生から8年生(中学2年生)までは毎年、統一テストを行うことになった。そして、多くの(とくに貧しい)地域において、このテスト結果に基づいて学校が閉鎖にさせられたり、管理職が交代させられたりという事態が起きている。また、教員の生徒や学校全体のテストの結果が、その教員の給与にも影響する。貧しく、テストどころではない状況にある貧困地域の学校の問題を放置して、テスト点数上昇だけを優先することで、教育自体も破綻させ、教員の負担も非常に高くなっている。詳細については、Alfie Kohn, The Case Against Standardized Testing: Raising the Scores, Ruining the Schools (Heinemann, 2000)やDeborah Meier, Will Standards Save Public Education? (Beacon Press, 2000)を参照のこと。また、障害者を普通学級にて健常者とともに教育するという方針もとられている。これにより、障害をもつ子どもたちのいろいろな問題や必要について学校がより注意を払うようになったという利点もあるが、必要な教育予算がつけられていないため、学校は普通学級に障害をもつ子供たちを含める要求を満たそうとするが、それが普通学級の教員の負担を著しく増やしているという問題もある。結果として、一クラスあたりの人数が増えたり、また教員の仕事も管理化され、重労働になり、教育予算が不十分なこともあり、必要なサポートも得られない状況である。重要な背景として、アメリカの教育予算は、イラク戦争などの影響もあり、大幅に削られている現状がある

*2:Title IXは1972年に成立した、国の財政援助を受けているすべての教育機関において男女平等を義務づける法律。とくにスポーツ分野において、女性のスポーツへの参加の機会を大幅に増やすことになった。