「女性のストレス夫の手を握ることで解消」研究と心理学の問題


「ふぇみにすとの雑感」に書いた、「女性のストレス夫の手を握ることで解消」研究の実態はエントリーに対する、leoさんという方のエントリーに関してのコメント。


どうして電気ショックについて明示しなければならないのでしょうか?その情報が抜けていることで、この論文のトンデモさが隠されているとでもおっしゃりたいのでしょうか?
...たとえば、電気ショックではストレスを与えられないということでしょうか?電気ショックをストレッサーとして用いるのは生物学なんかの分野では当たり前に行われているような気がするのですが・・・。


Leoさんは、電気ショックは、生物学でストレスを測定するために使っているのだから普通で、当然だと思われているようだ。でも、人間はマウスやラットではない。そして、人間が日頃感じるストレスというものと、電気ショックによるストレスは明らかに異なるわけだし、そもそも、日々の生活のなかで、「さてこれから電気ショックがきますよー。」と言われる状況で誰かの手を握るなんてことはほぼないだろう。考えられるのは、こういう心理学の実験かゲームの状況くらいではないのかな。

「これが操作的定義であることを明示してありますね。先行研究も引いて。」と、leoさんは操作的な定義だからいい、といっているようだけど、その定義の妥当性は問われるはず。また、先行研究をひいていればいいってものでもないだろう。その先行研究自体も変かもしれないし。


そして、私が「電気ショックを与えるなんて倫理面で問題があるら、その研究の結果はあてにならない」と言っているのかと問われているが、そうは書いていないのだけどね。もちろん、倫理面での問題は感じるのだが(いまだにこんな実験やってる人がいるのか、とびっくりしたし)。このあまりに現実とかけ離れたセッティングでの実験そのものへの疑問がある。


そして、「女性のストレス」については、妻だけがスキャンされたのだから、「誠実に表現しようとするならば」男性のストレスにまで言及できないだろうとleoさんは言う。もちろん、妻だけスキャンしているのだから男性のストレスにまで言及できないのは当然。しかも、「妻」といっても、研究対象になった16人の女性のことしか言及できないはずでは。研究対象は、ウィスコンシン州マディソン(中流大学町で、ある意味特殊な街)在住の、15人の白人女性と1人のアジア系女性ということで、かなり偏っている。そして、こういう研究に新聞広告をみて応募してくるという、ある意味特殊な人たちだろう。


この問題には、コストがかかるfMRI研究の限界が出ているのだろうな。サンプル数がひどく少ないという、、、そして、心理学系実験の常として、大学内か、大学のある街(すなわち、特殊な大学町環境)から被験者を集め、その結果を広く当てはめようとしてしまう問題があると思う。
(細かい論点は、瀬口典子さんのバックラッシュ! なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?寄稿論文「『科学的』保守派言説を斬る! 生物人類学の視点から見た性差論争」をご参照ください)


コーン博士(研究やった人)はあくまで「女性では、ストレス下で安心を得た」と言ってるに過ぎないですね。…「電気刺激によるストレス下で、(ヘテロな)結婚生活がうまくいっている女性は、夫の手を握るとストレスが低減される」という限定的な言い方にしてるんじゃないでしょうか?


その「ストレス」が、電気ショックストレスという日常生活では経験しない、非常に特殊な種類のストレスだったということで、結局この実験で言えることはひどく限定されているだろうし、いったい何のための実験なのかという疑問が残る。


そりゃ、「単に男性の手を握ることでストレスが低減されたわけではない」ことを示すための対照実験でしょうね。これがなければ、何の効果なのかわからないですから(最悪、「手に刺激があればストレス解消」なのかもしれないし)。コーン博士は社会的関係が脳活動に及ぼす影響について検討したいようですし。



その比較対象が、なぜ夫と知らない男なのだろうか。それともこれって、単に知っている男と知らない男の比較研究のつもりなのだろうか?(そうは読めないのだけど。)男友達とか、男兄弟とか、男親、息子じゃいけないのはなぜ?もちろん女だってありうるし、もしかしたらペットがいちばん効果的だったりするかもしれない。そもそもなぜ「夫」を選んだのかもよくわからないところ。

だが、いろいろな組み合わせを網羅的に検討するのは無理のみならず、ムダであり、どの参加者にとっても同程度に重要な親戚・友人を連れてくるのは非現実的だとleoさんは述べる。だが、どの参加者にとっても同程度に仲がよい夫、ってのもかなり非現実的な気がする。で、その程度が自己申告による質問紙で、ばっちり同じように表れるという可能性もかなり低いような。


とのことで、「(結果が出やすそうな)良いコミット関係=結婚していて、関係が良好な夫婦」を選んだだけなのでは?「他の関係性ではどうか」に関しては、今後本人を含めた様々な研究者が検討すべき内容であって、それが検討されていないとことがこの研究がダメな理由にはならない


いや、問題は、なぜこの研究者がヘテロ女性について研究しようと思い、ヘテロな関係の「夫」を対象に選んで、こういうリサーチデザインの研究をしたのか、というところかと。政治性的にも疑いをもってしまうし、もし研究者に意識的な政治的意図がなかったとしても、この研究がどういう方向に使われるか、って想像つくでしょう?



コーン博士、脳科学者ですね。脳科学者の研究から心理学全般について結論付けることができるのでしょうか。


Yahoo Indiaだけ見て脳科学者であると結論づけておられるようだが、大学関係のサイトなどを見ると
コーン氏は、アリゾナ大学心理学部の大学院出身で(http://www.swif.uniba.it/lei/mind/events/co_6.htm)で、ヴァージニア大学の心理学部助教授であり(http://www.virginia.edu/psychology/people/detail.php?id=249)、今まで論文を投稿してきたジャーナルをみても、心理学系だ。心理学者として脳科学研究を行っている人であるのでは。


Leoさんは、心理学だと頭からダメ、と私が思っているのか、という疑念をお持ちのご様子。これはある意味鋭いというか、私は人類学者なので心理学に批判的な傾向があるのは否定はしません。人類学って、多様性を求める学問で、心理学はユニヴァーサル、って対称的な面があるしね。まあでも、頭からダメ、というより、やり方によっては可能性はある分野のはずだろうに、どうしてこんな現状かつ方向性なのだろう、、とずっと思っています。で、残念ながらその思いを再確認してくれるような、今回のコーン論文みたいのがどんどん出てきてしまう。。。

もちろん今自分がやっている人類学がすごい、とか思っているわけではないのだけどね。植民地主義と密接に関連した、とんでもない歴史をもった分野だし、今現在の研究だって問題があるものはたくさんあるわけで。自分のやってる学問分野そのもの、あるいは「学問」そのものへの批判的な態度を持ち続けるというのも大事なことだと思う。