旭川市でいったん止まった条例制定の動きと市民運動

週刊金曜日』2022年10月28日(1398号)特集「統一教会だけじゃない!part2:「家族」に介入する自民党宗教右派」内掲載記事 (編集部の許可を得て転載)

 

2020年頃から「家庭教育支援条例」制定に向けた動きが活発化した北海道旭川市では、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)を中心に、日本会議モラロジー自民党が連携してきた。統一教会が注目される中で制定の動きはいったん止まったが、そこには危機感を抱いて活動を続ける市民らの力もあった。

 

条例制定を目指して2020年8月23日に設立されたのが「旭川家庭教育を支援する会」だ。設立直前に、地元の有力な経営者であり、日本会議支部「上川協議会」の会長や旭川モラロジー事務所の代表世話人も務める落合博志氏と、統一教会旭川家庭教会総務部長の万代英樹氏の二人が市議会の各会派を回って会の設立準備をしていると趣旨説明をしたという。

「家庭連合」の名刺で

 8月7日に訪問を受けた能登谷繁旭川市議(共産党)によれば、万代氏が「支援する会」の名刺を出したため「普段はお仕事とか何されているんですか?」と聞くと、「家庭連合」の名刺をおもむろに出してきたという。「いやあ、(共産党の)私にこれ出すのかよと思いました」と能登谷市議は苦笑いする。

 野村パターソン和孝市議(立憲民主党)は、21年9月の市議補選で初当選した後に万代氏が連絡をしてきて、面会したという。帰り際に仕事を聞くと、やはり家庭連合の名刺を渡された。統一教会関係者がかなり表立って動いていたことがわかる。

「支援する会」の会長には自民党の東国幹北海道議(のち衆議院議員)が就任し、幹部には道議や市議らが加わった。副会長には落合氏が就き、中心的な役割を果たした。事務局長は菅原範明市議だが、事務局次長の万代氏が運営の実質の中心だったと思われる。また、同会幹事長を勤めた自民党の蝦名信幸市議は息子の蛯名安信市議とともに統一教会の元会員ということを『北海道新聞』のアンケートで認めたと今年9月3日付で報じられた。

利用された「いじめ問題」

 一方、能登谷議員から「支援する会」の立ち上げを聞いた旭川市民の由井久志氏らは違和感を持ち、まずは勉強会を開くことにした。そして「旭川家庭教育支援のあり方を考える会」を20年10月に設立し、講演会や学習会などを積み重ねてきた。旭川市議会は与野党が拮抗しているため、ちょっとしたことで力関係もひっくり返り、条例案が出されたら通されてしまうかもしれないという危機感が常にあったと由井氏は語る。

 

ただ、「支援する会」は「考える会」を上回るスピードで講演会を開催していた。特に「支援する会」は、21年に旭川で起き、全国的な注目を浴びている女子中学生のいじめ凍死事件を取り上げ、どういった内容の条例を作ろうとしているかなどの詳しい内容には踏み込まずに、いじめ問題を解決するためにも「家庭教育支援」が必要だと強調。裾野を広げ入会者を募っていった。

能登谷市議は「家庭、教育、支援と悪い言葉はひとつも入っていないので、単純に良いことだと思ってしまう人もいるが、行政が家庭や教育のあり方を指図すべきではない。家庭版の憲法改正運動のひとつだ」と話す。由井氏は「家庭が本当に必要とする支援を届けなければいけない」とした。

21年9月の旭川市長選挙で、条例制定を公約に掲げる今津寛介氏(自民党)が当選すると、いつ議会に条例案が出されてもおかしくない状況になった。翌月10月の衆議院北海道6区は「支援する会」会長の東氏が当選。今年1月には「支援する会」が意見交換会を開き、教育関係者や旭川市の職員や市議に「支援する会」の条例案を提示した。

危機は終わっていない

だが、今年7月の安倍晋三氏銃撃事件で統一教会が注目を集めると、雲行きが一気に変わった。野村市議や由井氏らは各々に問題を積極的に発信。8月には「支援する会」と統一教会の関係をTBS「報道特集」が扱い、さらに地元での影響力がある『北海道新聞』も報道したため、批判が強まっていった。また、東議員や今津市長、蛯名市議と統一教会との接点も発覚した。

 そして9月14日、突然「支援する会」は解散した。「少し時間的猶予をもらった」と由井氏は言う。圧倒的に自民が強い議会ではないので、簡単に条例案を出せなくなったことは確かだ。だが条例制定の動きが終わったとも考えられないという。統一教会の役割は大きく、今まで条例が制定された自治体に比べ、旭川では関わりが顕著だった。同時に、条例をめぐってはさまざまな勢力が連携して動いており、統一教会だけ切り離しても他は安泰で、条例を推進できてしまうからだ。

 また、メディアで報道されるようになっても、市民に「家庭教育」をめぐる問題について知られているとは言いがたい状況があると、由井氏、能登谷市議、野村市議は口々に語った。問題のわかりづらさを考えると、SNSでの発信やメディア報道だけでは限界がある。能登谷市議や由井氏は、今だからこそさらに地道に勉強会などを積み重ねていきたい、という。野村市議は、今後はチラシなどの紙媒体も活用し、市民に草の根的に問題を訴えていくつもりだと語った。

 条例ができてしまった自治体では、条例撤廃を望む声も上がりつつある。家庭教育をめぐるせめぎあいに、より注目する必要がある。