「家庭教育」めぐる連携の動き、 何が問題か

週刊金曜日』2022年10月28日(1398号)特集「統一教会だけじゃない!part2:「家族」に介入する自民党宗教右派」内掲載記事 (編集部の許可を得て転載)

報道や国会などで連日、統一教会が槍玉にあげられ、政界での唯一の暗躍者かのような印象を世間に与えている。思い返せば、6年ほど前のいわゆる「日本会議ブーム」のときも、保守団体「日本会議」のみが焦点化された。問題は、統一教会だけでも、日本会議だけでもない。

「家庭教育」をめぐる動きも同様で、統一教会が突如始めたものではない。本格化したのは2006年12月、第一次安倍晋三政権のもとで教育基本法が全面的に「改正」されて以降だ。

「改正」は、「愛国心」が新たに加わるなどで大きな批判を浴びたが、家庭教育に関する第10条も新設された。保護者が子どもの教育の第一義的責任を持つとし、国や地方公共団体自治体)は家庭教育を支援するために必要な施策を講ずる努力義務を負うことが定められたのだ。第13条も新設され、学校、家庭、地域住民などが相互に連携協力することも努力義務とされた。

現場で見えた「親学」批判の難しさ

 この前段として、「改正」を見据えて民間で着々と準備されたのが「親学(おやがく)」だった。「親学」は、教育の第一義的責任は家庭にあり、親にあると説いており、「改正教育基本法」とリンクする。親や家庭、地域の教育力が近年不足しているという前提に立ち、「親としての学び」「親になるための学び」を2本の柱とする。親が変わり成長すれば子どもの心も育つという「主体変容」や、「母性」と「父性」の役割を明確にすること、子どもの発達段階に応じて「家庭教育」で配慮することなどを基本的な考え方とし、「伝統的子育て」を「脳科学」を用いて推奨している。

 私も14年と15年、当時東京・水道橋にあった倫理研究所(16年に紀尾井町に移転)で「親学推進協会」主催の講座を受講してみた。丸一日の「親学基礎講座」(受講費1万円)と、丸二日かけた「親学アドバイザー認定講座」(同2万5000円)だ。特に保守的な考えの人たちだけではなく、幼稚園や保育園、小学校などで働いていてこの資格が役立つと思った人や、カウンセリング系の仕事をしている人、就職に役立つと思った学生、単に興味を持ったという人などさまざまな人が参加していた。

 講座では、「親学」の中心的な存在であり、「日本会議」の役員を務めた高橋史朗麗澤大学特別教授も熱心に講義していた。休憩時間は受講者からの質問に丁寧に答えたり、会話をしたりと、真面目な活動ぶりが見えた。

 講座の内容も右派色が前面に出ているわけではない。たとえば、考えを一方的に押し付けるのではなくまず子どものいうことをよく傾聴しようというメッセージなど同意できるものもあったし、「父親の子育て参加」を呼びかけてもいた。

「伝統的子育て」の「伝統」が具体的に何かがわからないことや、「母性・父性」を強調するなどフェミニストとして疑問を持つところももちろんあったが、「母親=母性」というわけではなく誰でも母性、父性的な関わりをもつのが重要などとの説明も一応あった。親学=トンデモというイメージが左派系の人たちの間で流布されているが、実際の講座や実践の場で行なわれていることは全面的に問題だとは言いきれず、批判はそう簡単なことではないと感じた。講座終了後にレポートを出して合格すると、アドバイザーの資格が取れ、私も資格を取得した。

「親学」と政治との深いつながり

「親学」の研究や普及が本格的に始まったのは教育基本法「改正」の前年05年からだが、そもそものルーツを辿ると、政治との関係の深さが見えてくる。

 遡ること40年以上、1980年に大平正芳政権下で「家庭基盤充実のための提言」がまとめられた。「家庭」は社会の最も大切な基礎集団で、「日本型福祉社会」と「家庭基盤充実」政策が今日的課題であるとするもので、大平首相を本部長に「家庭基盤充実対策本部」設置も盛り込まれた。だが同年に大平首相が急死し、対策本部設置は実現しなかった。前出の高橋氏によると、2012年に結成された「家庭教育支援議員連盟(親学推進議員連盟)」は、「家庭教育支援法」を作ってこの対策本部を再現しようとしていた。*1

 高橋氏自身は、中曽根康弘政権下で1984年に設置された「臨時教育審議会」の委員を務めた人物でもある。その臨教審の87年の最終答申では、「家庭の教育力の回復」「親となるための学習」など「親学」がキーワードとしている言葉がすでに使われている。臨教審にいた高橋氏が場所を変え、今度は「親学」の場でこの時の理念を実現しようとしたとも言えるだろう。

 高橋氏は2005年には、PHP研究所とともに「PHP親学研究会」を発足。「改正教育基本法を具体的に推進するため」だった。*2翌06年に「親学推進協会」(09年に一般社団法人化)が発足し、教育基本法が「改正」された。当時の安倍首相自身は「美しい国」というスローガンのもとに「愛国心」や「伝統的な家族」の押し付けを進めており、「家庭教育」をめぐって価値観が共鳴する政治家や団体、企業、個人が連携していく構図は、この後も続いていく。

 協会設立にあたっては、日本会議の構成団体でもある「倫理研究所」と、政治との関係が密接な「日本財団」からの援助が大きかった。*3倫理研究所や「モラロジー道徳研究財団」などの倫理修養系の日本会議系保守団体と親学の関係は深い。

日本青年会議所(日本JC)」が果たした役割も大きい。17年度に「今日からやれる『親道』プログラム」を事業として実施するなどして、「親学」の拡散に貢献。さらに「親学」に関心をもってもらうための取り組みとして、高橋氏が考案した子が親への感謝を表現する「親守詩(おやもりうた)」も地方の青年会議所が広げた。その後、日本最大規模の教師の団体「TOSS」も親子合作の「親守詩」を提唱したので、学校現場などにも拡散していった。学校現場で言えば、「親学」の講演会を多数開いてきたPTAの存在も大きい。

12年からは親守詩の地方大会が始まり、13年からは全国大会が開催。毎日新聞社が共催し、内閣府文部科学省総務省などをはじめ、PTAなどさまざまな団体や企業が後援・協力した。20年に親守詩普及委員会が解散し全国大会は行なわれなくなったが、地方大会は現在も続いている。一方で、統一教会の問題が浮上して以降は、統一教会との関連が否定できない団体が協賛に入っているとして、後援を取り消す自治体も出ている。

 

発達障害」予防で火がついた批判の波

 「親学」はさまざまな批判の目にもさらされるようになる。

 安倍政権下の07年4月には、安倍首相直属の「教育再生会議」が、親に向けた子育て指針として「『親学』に関する緊急提言」の概要をまとめた。「子守唄を聞かせ、母乳で育児」「授乳中はテレビをつけない」などの項目が含まれたもので、批判を浴び、見送りとなった。だが、その後も「親の学び」「親育ち」などと時に名前を変えながら「親学」は「教育再生会議」やその後継組織の「教育再生懇談会」の報告書などで言及され続けた。

 民主党政権時代の12年4月には、「親学推進議連」が発足し。「家庭教育支援法」を年内に制定しようとする動きが本格化した。会長を安倍晋三氏、幹事長を鈴木寛氏、事務局長を下村博文氏の各議員が務め、社民、共産を除く超党派の議員が加盟した。

 だがその矢先の同年5月、「大阪維新の会大阪市議団作成の「家庭教育支援条例案」の中に、発達障害は「乳幼児期の愛着形成の不足」が要因で「伝統的子育てによって」「予防、防止できる」などの記述があったことから批判が殺到し、素案が白紙撤回された。この影響は大きく、高橋氏が反論声明を出すなどしたが批判は収まらず、結果、同議連は年内の「家庭教育支援法」の制定を諦め、1年足らずで解散に追い込まれた。*4

 その煽りは「親学推進協会」にもやってきて、13年5月、東京にあった本部は富山市の学校法人浦山学園・富山情報ビジネス専門学校に移転した。理事長だった高橋氏は会長となり、実質の運営は協会の評議員であった同学校理事長の浦山哲郎氏のもと、富山の事務局が担った。それまでの事業も続けつつ、13年から協会は全国の専門学校や短大で「親学」を導入の動きを本格化させるとともに、各地で「家庭教育支援条例」や法の制定に向けた動きを支援していった。

 だが、親学講座の出席人数の確保などには相当苦労していたと思われ、東京での親学関係講座はキャンセルされることも多くなっていた。その後、協会事務局は19年に東京に再び移転したが、経営難を理由として今年解散した。

 

自治体で広がる「家庭教育支援条例」

 12年は、大阪維新の会条例案や「親学推進議連」が失敗した年でもあったが、全国初となる「家庭教育支援条例」が熊本県で制定された年でもある。

 条例制定の中心となったのは、自民党の溝口幸治県議だ。溝口県議は11年に「熊本県親学推進議員連盟」を発足させ、高橋氏を招き講演会を開催するなどしながら条例作りに取り組んだ。

 条例は以下の文言から始まる。

 

家庭は、教育の原点であり、全ての教育の出発点である。(中略)しかしながら、少子化核家族化の進行、地域のつながりの希薄化など、社会が変化している中、過保護、過干渉、放任など、家庭の教育力の低下が指摘されている。また、育児の不安や児童虐待などが問題となるとともに、いじめや子どもたちの自尊心の低さが課題となっている。

 

「改正教育基本法」と同じく家庭は教育の原点だとしている。「家庭の教育力の低下」(本当に起きたのかの検証はなされていない)を挙げて虐待やいじめなどの問題とつなげられている。この前提の下で条例は各家庭が家庭教育に対する責任を自覚し、役割を認識するよう呼びかけ、県や保護者、学校等、地域、事業者などの役割を定めている。そして「親としての学びを支援する学習機会の提供」と「親になるための学びの推進」が中心的な位置付けとなっており、「親学」の主張と重なっている。

 家庭教育支援条例は、今年(2022年)9月時点で10県6市で制定されている。家庭教育「支援」ではなく、群馬県岡山県では「応援」というなど多少の名称の違いのほか、「祖父母の役割」が条例で規定(岐阜県群馬県茨城県福井県)、幼少・幼児期教育に力を入れる(茨城県福井県岡山県)、インターネットやゲームのトレーディングカードなどの利用についての取り決めを行なう(志木市)などの多少の違いはある。だが、どれも内容は熊本とほぼ同じだ。このほか、話題になった「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」も家庭での保護者の責務が定められ、家庭教育との関連が強い。

 県の条例はすべて自民党議員の提案によるもので、市は4市が市長提案、2市が自民党議員提案だ。議員提案の場合、若手や中堅の議員が中心になり条例づくりが行なわれることが多く、「親学推進協会」の講座に出席したり、親学アドバイザーの資格を取得した議員もいる。

 民主系・無所属系会派が反対に回った岡山県をはじめ、社民党系や無所属議員が反対した事例も一部あるが、反対に回るのは共産党だけの自治体が大部分だった。そのため、実際私が聞き取りを行なった県や市では、条例制定に反対する数少ない議員が反対討論の中で、市側や提案した自民党議員らからの回答を議会で引き出すことで、なんとか条例制定後の施策に影響を与えようとするなどの抵抗が行なわれてきた。

 条例に基づく施策が啓発事業中心になりがちという問題もある。たとえば、「親としての学び」のプログラム開発、啓発イベントや講座の開催などだ。私の取材に対し、自治体の担当者らは口々に、啓発講座などを開いても本当に支援が必要な人にはなかなか届かないというジレンマを吐露した。厳しい状況の人たちは啓発講座には出ないという声や、温泉街で住み込みで夜遅くまで働くシングルマザーが多い土地で「早寝早起き朝ごはん」啓発をしても現実の市民が抱える問題からずれているという声もあった。

 それでも「家庭教育支援」という言葉はよいもののように聞こえてしまうことから、市民の間で問題についての関心が高まることは稀だ。自民党が圧倒的に強い議会構成になっている自治体が多いこともあり、条例は、大阪市岡山県などの例外はあっても、大きな反対運動が起こることもなく制定されてきた。

 

 

「家庭」にこだわる統一教会が各地で運動

 統一教会の動きが目立ちはじめるのは、16年ごろからだ。「世界平和統一家庭連合」という現在の名称からわかるように、統一教会にとって「家庭」は最も重要なものと位置付けられており、「平和大使協議会」や「世界平和女性連合」などの関連団体も「家庭」の価値を打ち出し活動を行なっている。統一教会や関連団体にとって「家庭教育支援」のための法律や条例制定は非常に重要な政策課題であり、その実現のために運動を展開しているのだ。それと同時に、教会や関連団体は性的な「純潔」を守ることを求める「純潔教育」にも強いこだわりを持ち、「青少年健全育成」も提唱してきた。

 14年秋から、自民党の「青少年健全育成推進調査会」(中曽根弘文会長)に設置されたプロジェクトチームが検討を始めたのが、まさに「青少年健全育成基本法案」と「家庭教育支援法案」のセットであったが、統一教会の動きが目立ち始めることになる背景として理解できる。

 そして自民党は16年10月に「家庭教育支援法案(素案)」を公表した。国や自治体に「家庭教育」を支援する施策を策定・実施する責務を課すとともに、学校、保育所や地域住民にそうした施策に協力するよう努めるべきとする内容で、熊本など自治体の条例とほぼ同じだ。家族を「社会の基礎的な集団」と位置づけた上で、「子に国家及び社会の形成者として必要な資質が備わるように」と家庭教育の理念を規定しており、個人でなく家族を基礎的な単位とするという自民党憲法改正草案24条との呼応も明白だった。17年2月の修正案ではこの理念が削除されたが、国がすべての家庭や私的領域に介入することを可能にする法案だという根本は変わっていない。

 17年10月の衆院選自民党の選挙公約には「家庭教育支援法」の制定が盛り込まれ、「親学推進協会」もこの年のメールマガジンで翌年に同法が制定予定だと明記していた。

 16年11月18日には統一教会系新聞『世界日報』が「『家庭教育支援法』は必要だ」と題する社説を出し、それ以降同紙の「家庭教育支援」に関する記事数が飛躍的に増加していった。17年2月18日には、「家庭基盤充実」を活動テーマとして掲げる統一教会系「平和大使協議会」の「ファミリー・プロミス」メールマガジンでも同法の成立に向けて世論を喚起する必要があると呼びかけられた。このため各地で、統一教会は同法制定に向けた運動を展開していく。

 18年頃には、各地で「家庭教育支援法」制定を求める請願が出され、意見書可決の動きが相次ぐようになった。たとえば神奈川県や熊本県の複数の自治体で意見書を求める陳情が出されたが、提出者は統一教会系「国際勝共連合」関係者らであることがわかっている。同様の陳情は全国各地の市町村で出されており、『朝日新聞』10月10日付記事によれば、滋賀、石川、香川、長崎の4県と、川崎市など30市町村で意見書が可決し、国会に提出された。

 また、「全国地方議員研修会」という全国から地方議員を集めた研修会も15年の第1回から今年まで6回開かれている。特に18年の第3回からは「家庭教育支援条例」や「家庭教育支援法」の制定が中心テーマとなった。国会議員の義家弘介氏、北村経夫氏らの他、条例が制定された熊本、茨城、岡山県県議会議員や、高橋氏や松居和氏などの「親学推進協会」関係者、前出の教師の団体「TOSS」関係者などが登壇し、21年の研修会では「家庭教育支援法の早期制定を求める決議文」が採択されている。そして、この研修会の参加費の振込先が「平和大使協議会」で、富山市議らが研修会にオンライン参加をした際、統一教会の施設を使っていたことも指摘されており、研修会は統一教会や関連団体が関与して開催されてきた可能性が高い。

 加えて、富山市小田原市などの各地で「国際勝共連合」の幹部である青津和代氏を招き、自民党議員を対象とした「家庭教育支援」についての勉強会も開催されてきた。

また、『朝日新聞』10月20日付記事によれば、「平和大使協議会」などの統一教会の関連団体が、国政選挙の際に自民党の国会議員に対して、「家庭教育支援法」や「青少年健全育成法」の制定などの政策に賛同するよう明記した「推薦確認書」に署名を求めていた。

 自民党や右派勢力による「家庭教育支援法」制定への動きが本格化したことに危機感を持ち、18年2月には市民団体「24条変えさせないキャンペーン」、5月には日本弁護士連合会が同法案を批判する集会を開催し、本誌を含め同法案批判の記事なども出版された。だが、同法案への注意喚起が広がりを欠いたことは否めない。結局、国会には現在まで「家庭教育支援法案」は提出されていないが、「家庭教育支援条例」制定の動きは続いている。さまざまな勢力が連携してきた動きのため、統一教会を叩けば同法案や条例を潰せるわけではない。同法や条例成立に向けた連携の動きを注視し、対抗策を練っていく必要がある。

 

 

 

*1:親学推進協会メールマガジン2020年4月13日発行。

*2:『「親学」学習ワークブック』はじめに(富山「親学」推進委員会委員長・浦山哲郎)

*3:親学推進協会メールマガジン2020年4月13日発行。

*4:モラロジー道徳教育財団「髙橋史朗85―親と教師が日本を変える」。https://www.moralogy.jp/salon220927-01/