小山エミさんご逝去 米国関係者からの公式ステートメント

小山エミさんのご逝去について、米国関係者からの公式ステートメントはこちらのインスタグラムに掲載されています。

instagram.com/p/DZieCJrgfZv/

アイリーンズへのファンドレイジングも続いています。サイト(英文)をご覧いただき、寄付が可能な方はぜひご検討ください。

ファンドレイジングの呼びかけの文章も更新されました。

www.gofundme.com

また、エミさんのご葬儀などのため、新たなファンドレイジングも開始されました。

www.gofundme.com

 

小山エミ/エミコヤマ/macskaさんの著作、オンライン発信などのリスト (移転しました)

こちらに掲載していた、小山エミ/エミコヤマ/macskaさんの著作、オンライン発信などのリストは以下のサイトに移転しました。今後は以下のサイトにて更新をしていく予定です。

 

小山エミさんの著作リスト

webfemi.wordpress.com

小山エミさんがご逝去されました

2018年12月8日、シアトルのNorthwest Film Forum にて。愛犬のエイドリーとともに。

6月11日、(現地時間6月10日)、エミコヤマ/小山エミ/macskaさんがご闘病の末、米国ワシントン州シアトルの病院で亡くなられました。エミさんは最期、彼女のご家族や、大切な人々に見守られながら旅立ちました。家族を愛し、友人に寄り添い、他者を尊重する愛情深い人でした。

 エミさんは長年に渡りアクティビストとして性暴力やDVの被害者支援や性産業従事者支援、インターセックス当事者の権利向上、クィア/トランス当事者の解放運動、日本軍「慰安婦」問題の解決に向けた運動、さらには国際養子をめぐる問題の提言活動など幅広い活動を展開してこられました。それに加え、書籍、論文、雑誌記事の執筆、そして様々なオンラインでの発信によって、彼女の拠点である米国内はもちろんのこと、米国以外の活動家、研究者、マイノリティ当事者にも大きな影響を与えました。

 私たちもまた、エミさんの日米両方におけるアクティビズムや言論活動に多大なる影響を受けてきました。住んでいる場所は離れていても、日常的に連絡を取り合いさまざまなことを語り合った本当に大切な友人でもありました。

 きっと多くの方々が、それぞれのかたちでエミさんから沢山のものを受け取ったのではないかと思います。

 どうか共に悼み、エミさんを想って下さると幸いです。

 また、エミさんの愛犬キティはご家族のもとにいます。ご安心下さい。

 そして、一つお願いがあります。

 エミさんが近年とりわけ力を入れていた運動のひとつが、地元シアトルでの「アイリーンズ (Aileen’s)」という団体の運営です。アイリーンズは、地域で性産業に従事する女性らのウェルビーイングと自己決定権の向上を目指す団体です。当事者を中心とした運動の場であるとともに、安心して過ごせる居場所でもあります。

 今、そのアイリーンズの存続がエミさんのご逝去によって危ぶまれています。どうか、アイリーンズへのファンドレイジングにご協力をお願いできないでしょうか。これはエミさんのご闘病中に運動仲間が立ち上げ、現在も継続しているものです。エミさんはこの団体の運営にご尽力され、引継ぎの準備に心を砕かれていました。ご闘病中のエミさんに寄付を申し出た人たちに対しても、彼女は「その分をアイリーンズに寄付して」とお願いされていました。それだけアイリーンズはエミさんにとって大切な活動だったのです。エミさんを想って下さる皆様のそのお力を、どうかアイリーンズへのご寄付として分けて頂けないでしょうか。

 ファンドレイジングの詳細はリンク先をご覧ください。英文です。

アイリーンズのサイトは以下のリンクからご覧ください。

http://aileens.org/

 

2026年6月13日

荻上チキ

斉藤正美

瀬戸マサキ

なつき@sakanazuki-ntk.bsky.social

なんばりょうすけ

山口智美



台湾「慰安婦」像足蹴事件は、右派団体による「歴史戦」のひとつにすぎない

初出:wezzy(株式会社サイゾー)2018年11月13日

 

の右派団体「慰安婦像の真実国民運動」幹事の藤井実彦氏が、台湾に初めて設置された「慰安婦」像に蹴りを入れているように見える姿が監視カメラの映像から発覚した事件を覚えているだろうか。この「慰安婦」像は2018年8月に中国国民党台南市支部によって設置されたもので、藤井氏らはこの像の即時撤去を求め、9月6日、同支部に公開質問状を手渡す目的で台湾を訪れていた。

 当初は蹴りを入れたというのは全くの捏造だと主張していた藤井氏は、動画が公開されると「ストレッチをしただけであり、蹴っていない」などと釈明する。しかし、同じく捏造を主張していた「慰安婦の真実国民運動」は、9月12日に代表の加瀬英明名で 「藤井氏が慰安婦像を蹴るようなそぶりをしたことは明らか」とする、謝罪文を発表。藤井氏は9月11日付で同会の幹事を辞任している。

 一方、同会は国民党への公開質問状に関しては取り下げていないし、11月6日付で、再度回答を求める要求文書を送付している。また、藤井氏は現在(2018年11月12日)も自らの非を認めていない。藤井氏が幹事を辞任した後に更新された「慰安婦の真実国民運動」のサイトでも未だに藤井氏が代表を務める「論破プロジェクト」が加盟団体として記載されていることから、藤井氏の同会への関わりは続いていると考えられる。

 「慰安婦の真実国民運動」は、これまでも「慰安婦」問題を巡る国内外での「歴史戦」に関わってきた。先月10月には、「慰安婦映画上映会を茅ヶ崎市が後援したことについて、茅ヶ崎市長、教育長と会場の茅ヶ崎市民文化会館に対して申入書を送り、市民に抗議を呼びかけるなどして騒動を起こし、自民党市議団が市に抗議を行うという展開が起きたばかりだ。そして、同会や藤井氏が、国際問題を引き起こしたのも今回が初めてではない。

 本稿では、「慰安婦の真実国民運動」や関連する右派団体が特に海外でいかに「歴史戦」を繰り広げてきたのかをまとめたい。今回の騒動は、藤井氏や「慰安婦の真実国民運動」に限定されない、日本政府や政治家をも含めた、大きな流れのひとつであることがわかるだろう。

慰安婦の真実国民運動とは

 2011年12月、ソウルの日本大使館前に「平和の少女像」が設置されて以来、続々と海外に建設される「慰安婦」の碑や像は日本政府や日本の右派の批判の的になった。また月刊誌『正論』2012年5月号(4月発売)に、ジャーナリストの岡本明子氏が、2010年に設置されてから特に大きな注目を浴びてこなかった、アメリカニュージャージー州パリセイズパーク市の「慰安婦」の碑が設置されたために米国で日本人がいじめ被害にあっていると主張する「米国の邦人子弟がイジメ被害 韓国慰安婦反日宣伝が蔓延する構図」と題した記事を寄稿すると、在ニューヨーク日本総領事館が市に対して碑の撤去を要求した。さらに5月、古屋圭司山谷えり子議員ら四人からなる自民党議員団が同市を訪問し、碑の撤去を要求した。こうした動きがニューヨークタイムズの記事となり、碑が大きな注目を集めることになった。

 その後、「慰安婦」碑や像の建設計画のたびに、日本から大量の抗議メールが送られ、日本政府も阻止に向けて動くという事態が続いている。民間の運動として、海外での「慰安婦」の碑や像建設への反対の動きを牽引したのが、ソウルの日本大使館前に「慰安婦」少女像が設置された2011年末に本格的な活動を開始した女性団体「なでしこアクション」だった。代表は、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の元副代表・事務局長だった山本優美子氏だ。

 2013年には、ロサンゼルス近郊のカリフォルニア州グレンデール市に、全米で初めて、ソウルの日本大使館前に設置されているものと同じ「平和の少女像」が設置された。設置決定前の公聴会には、在米日本人右派らが参加し、日本の右派の注目を集めた。

 このグレンデールの少女像が大きなきっかけとなり発足したのが「慰安婦の真実国民運動」だ。設立の日付は、少女像の除幕式が行われた7月30日の1日前に当たる。同団体設立当時の幹事長、松木國俊氏は、「アメリカ在住の同志とも連絡を取り合って、「慰安婦の碑」建設反対の大運動を展開します」と述べ、海外の「慰安婦」問題に関する「歴史戦」への対抗ということを強調した(新しい歴史教科書をつくる会『史』2013年9月号 p.27)。

 同会はもともと「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)が呼びかけ、立ち上げた組織だという。現在、「慰安婦の真実国民運動」の代表は加瀬英明、幹事長が岡野俊昭、さらに常任幹事には松木國俊藤岡信勝の各氏が名を連ねている。彼らは全員、「つくる会」に属しており、同会の事務局も「つくる会」内に置かれており、事務局長も「つくる会」の事務局長が兼任という状態である。「慰安婦の真実国民運動」のサイトによれば、現在同会は「20団体が参加する協議会」であり、以下が加盟団体として挙げられている。

アジア自由民主連帯協議会 (ペマ・ギャルボ会長)
新しい歴史教科書をつくる会 (高池勝彦会長)
生き証人プロジェクト (代表不明)
英霊の名誉を守り顕彰する会 (佐藤和夫代表)
GAHT-US Corporation 歴史の真実を求める世界連合会 米国事務局(目良浩一会長)
GAHT Japan NPO法人歴史の真実を求める世界連合会 日本法人 (加瀬英明会長、目良浩一、藤井厳喜代表)
史実を世界に発信する会(加瀬英明代表、茂木弘道事務局長)
「真実の種」を育てる会(岡野俊昭運営委員長、加瀬英明高池勝彦杉田水脈ら顧問、藤岡信勝藤木俊一ら運営委員)
そよ風(涼風由喜子会長)
正しい歴史を伝える会(桂和子代表)
調布『史』の会 (松木國俊世話人
テキサス親父日本事務局(藤木俊一事務局長)
なでしこアクション(山本優美子代表)
日本近現代史研究会 (杉原誠四郎会長)
日本時事評論 (山本和敏社長)
捏造慰安婦問題を糺す日本有志の会(代表不明)
捏造日本軍「慰安婦」問題の解決をめざす北海道の会(澤田健一代表)
不当な日本批判を正す学者の会(田中英道会長、山下英次事務局長)
誇りある日本の会 (吉田明彦相談役)
論破プロジェクト(藤井実彦代表)

 「つくる会」や「日本時事評論」など少数を除いては、2010年頃以降に発足した団体が大部分だ。20という加盟団体数から大規模な連絡会のように見えるが、各地に支部を持つ組織は少なく、小規模の団体が多い。また、役員やメンバーが重複していることもある。

  台湾で問題を起こした藤井実彦氏が代表を務める「論破プロジェクト」は、2013年8月14日、藤井氏がYahoo!ニュースでみた「フランスのアングレーム漫画祭に韓国政府が50本の慰安婦漫画を展示するという暴挙に、経営者としての仕事を捨ててでも、対抗する必要があると考え」たことから発足させたという。漫画祭向けの「慰安婦」を否定する内容の漫画作品を出品、展示しようとしたものの、2014年1月に開催された漫画祭では主催者に展示ブースを撤去されるという顛末になった。

 この「論破プロジェクト」を後援していたのが幸福実現党だ。藤井氏は幸福の科学媒体『The Liberty Web』にも頻繁に登場して、「論破プロジェクト」の活動について語っており、漫画祭に出品した漫画の中にも幸福の科学のマスコット「トックマ君」が登場している。

台湾「慰安婦」像足蹴事件は、右派団体による「歴史戦」のひとつにすぎないの画像2アメリカ・カリフォルニア州ブエナパーク市に届いていた「論破プロジェクト」の漫画。右側の表紙には、「トックマ君」が描かれている。(撮影 山口智美)

 アングレーム漫画祭には、藤井氏に加え、Youtuberの「テキサス親父」ことトニー・マラーノ氏と「テキサス親父日本事務局」の藤木俊一事務局長も同行し、これ以降、マラーノ氏と藤木氏が「慰安婦」問題への関わりを深めることになった。2014年には、「論破プロジェクト」は「テキサス★ナイト」と題されたマラーノ氏の講演ツアーを日本で企画、主催している(その後も同ツアーは2015、2017年にも開催)。

 こうした様々な団体の連絡組織として設立された「慰安婦の真実国民運動」は、「慰安婦」像や碑の阻止や、海外での集会などの開催、ジュネーブやニューヨークで開かれる国連会議への代表団への派遣など、海外での活動に活発に取り組むようになっていった。

 「慰安婦の真実国民運動」は、ブログ、SNSや動画サイトなどを積極的に活用して、派手な運動を展開した。例えば、アングレーム漫画祭参加の前、2013年12月には、藤井、マラーノ、藤木の三氏でグレンデールの少女像を見学に行っており、その際にマラーノ氏が少女像の頭に人の顔が落書きされた紙袋を「慰安婦はブスだから」などといってかぶせ、笑い者にして写真を撮影、ネット配信し、それが韓国で炎上したことがある。藤木氏によれば、グレンデール市の少女像撤去の署名を集める目的であえて写真をネットに拡散し、韓国で炎上することを狙ったのだという。

 このように、藤井氏らはネットでの炎上を狙い、差別を煽り、結果として、国際的に批判を浴びる事態を何度も引き起こしてきた。台湾での事件も、こうした彼らの日常の活動の一環に過ぎない。そして、彼らの活動はネットのみならず、『産経新聞』や『夕刊フジ』、『月刊正論』などの産経系メディア、『WiLL』や『ジャパニズム』などの右派月刊誌や、「つくる会」や幸福の科学などの媒体を通しても伝えられてきた。「慰安婦の真実国民運動」の運動に関わってきた杉田水脈氏やマラーノ氏らは産経や夕刊フジに連載も持っており、日常的に彼らの活動ぶりがマスメディアに掲載され、それがネットで拡散されるという状況だった。

  2014年頃から、「慰安婦の真実国民運動」とは別の流れとして、主流の保守団体である「日本会議」も北米での「歴史戦」を展開している。特に日本会議東京地裁朝日新聞社を訴えた「朝日グレンデール訴訟」の全面支援を通して北米で原告を探した。また、ロサンゼルスやニューヨーク、トロントなどで集会などを開催し、在米日本人右派を着実に組織してきた。

 「慰安婦の真実国民運動」の関係者や関係団体で、日本会議など主流保守団体にも所属したり関係したりしているケースはある。「慰安婦」問題に関する主張はそう変わらず、時に行動を共にすることはあった。だが、「慰安婦の真実国民運動」関係者は、裁判闘争としてはアメリカでは「GAHT」によるグレンデール市を米国の裁判所で訴えた裁判、日本ではチャンネル桜系の運動体「頑張れ日本!全国行動委員会」などが主体となった「朝日新聞を糺す国民会議」の集団訴訟を支援しており、完全に日本会議と共闘しているという状況でもない。また、「慰安婦の真実国民運動」は外務省が十分「歴史戦」を戦っていないとして批判したり、2015年の「日韓合意」も批判するなど、日本会議系の主流保守より、政府や自民党を批判することが多かった。

続きを読む

「性暴力を禁止する法律を育てていく」/あらゆる性差別を禁じる“Title IX”のコーディネーターに聞く、アメリカの今

初出:wezzy(株式会社サイゾー)2017年2月23日

 

昨年は、東京大学慶應大学近畿大学千葉大学などで起きた、大学生による悪質な性的暴行事件が報道された。発覚した事件は氷山の一角だとも思われ、キャンパス・レイプ事件への大学の対応も問われる状況となっている。

キャンパス・レイプはアメリカでも深刻な社会問題となっている。キャンパス・レイプを巡る、警察、司法、そして大学の対応の問題をえぐり出したジョン・クラカワーの『ミズーラ』(亜紀書房)は、アメリカでベストセラーとなった(多発するキャンパス・レイプ 「レイプの首都」と呼ばれたアメリカの大学街で起きた普遍的な性暴力を巡る問題)。

アメリカには、1972年に制定された教育改正法第9編(以下、Title IX)という、連邦が財政支援をする教育プログラムや活動における性差別の禁止を規定した法律がある。オバマ政権下の2011年、教育省公民権局が、Title IXに定められた「性差別」は、学生同士の性暴力やセクシャル・ハラスメントも含むと明確に示した教育関係者向けの「同僚への書簡」(Dear Colleague Letter)を出したことで、教育現場における性暴力対応が大きく変わった。また司法省と教育省は連名で、トランスジェンダーの学生に関する「書簡」を2016年に出した。これによってTitle IXは性自認やトランスジェンダーであることに基づく差別をも含むとし、トランスジェンダーの学生が教育を受ける上で不利益を被らないためのガイドラインが提示された。

現在、トランプ政権下のアメリカでは、女性や性的マイノリティ(LGBT)の人権に関する様々な政策への反動が懸念されているが、Title IXが関係する学校での性暴力撤廃への動きも、トランスジェンダーの差別撤廃の動きも後退するのではないかと不安視されている。

オバマ政権時代にTitle IXに関して、アメリカの大学では具体的にどのような変化があったのだろうか。また、現在の課題はどのようなものなのだろうか。トランプ政権のもとではどうなってしまうのか。私の勤務校であるモンタナ州立大学モンタナ州ボーズマン市)のTitle IXコーディネーター、ジル・シェーファーさんに、トランプ政権に移行する直前の昨年12月にお話を伺った。シェーファーさんは大学のOffice of Institutional Equityという、差別やハラスメントなどに対応する部署のディレクター。性差別のみならず、他のあらゆる差別に対応する仕事を担当しているが、今回はTitle IX関連、特に性暴力対応に焦点を当てる。

 

オバマ政権下でのTitle IX

オバマ政権は「同僚への書簡」の後も、2014年にキャンパスでの性暴力に関してホワイトハウスのタスクフォースを作るなど、積極的に大学での性暴力問題の対応を行った。アメリカでは連邦の財政支援を一切受けていない大学というのは少数の例外を除いてほとんどなく、全米の大部分の大学にTitle IXが適用されるため、政権による一連の対応が与えた影響は甚大で、大半の大学で性的暴行の訴えに対応する方針や制度を変えなくてはならなくなった。

まず2011年の「書簡」によって、性差別のみならず、性暴力、セクシャル・ハラスメント、ストーキング、親密な関係間の暴力(デートレイプやDVなど)その他のすべての性的な違法行為がTitle IXの範疇だと示された。そして、大学で雇用されている人たちは、学生の性差別や性暴力、セクハラなどの被害について聞いた場合、迅速に(24時間以内に)Title IX担当者に報告するのが義務と定められた。被害当事者が報告をためらったり、迷っている場合でも、事件を聞いた教職員には報告義務がある。教員のみならず、学長、事務方や寮の学生アシスタント、清掃担当者まで、フルタイム、パートタイムや客員などのステータスに関わらず、大学に雇われている人たちは全員が同じように報告義務を負う(例外は秘密保持義務が関わる医療関係者やカウンセラーなどのみ)。そして、性暴力やハラスメントに関する全教職員向けのトレーニングも必修となった。

さらに、性暴力事件の報告を受けた大学は、捜査を迅速に開始し、進めなくてはならないとも定められた(裁定には60日間の期限が推奨された)。このため大学は、性暴力の訴えがあった後、しばらく対応をせず放置しておくとか、警察の捜査の結果を待ってから調査をするなどはできなくなった。そして、刑事司法制度において使われる「合理的な疑いを挟む余地がない」の基準、すなわち事件が起きたかどうかについて、疑いが残る場合には事実認定ができない、いわゆる「疑わしきは罰せず」という基準ではなく、民事訴訟で適用される「証拠の優越」(preponderance of evidence)という、より低い立証ハードルの基準が大学内での性的暴行事件認定において使われることを義務付けた。要するに、この「書簡」以降、被疑者が罪を犯した疑いの方がより強ければ、訴えられた側の責任を問える制度になった。レイプという犯罪を行った学生が罪を逃れるケースを減らすため、軽い立証責任としたのだ(クラカワー『ミズーラ』p.255)。

2011年の「書簡」の内容は、ブッシュ政権時の2001年に教育省から出された指針とそう大きく違う内容ではなかったとシェーファーさんは言う。だが、2011年は、政権の取り組みの真剣度に加え、学生たちの性暴力反対の運動の広がりなどの要素もあり、2001年に比べて影響力が大きかった。シェーファーさんは「Title IXは使う人たちが育てる法律だと思う」として、学生たちの運動や、名乗り出たサバイバーたちの役割の大きさも強調した。また「ついつい日々この仕事をする中で、まだまだ課題が大きいと思ってしまいがちだけれど、考えてみたらこの5年での大学での変化はすごく急速なものでした。大学という組織は通常、変化は遅々としたものなのですが、Title IXに関しては当に変化が大きかったと思います」ともシェーファーさんは語っている。

 

もし学生が性暴力の被害にあったら?

2011年の「書簡」以降、全米の大学で多くのTitle IXコーディネーターが雇われることになった。シェーファーさんもその時からTitle IXコーディネーターとしての仕事を他大学で始めたという。

Title IXコーディネーターは、学生が被害を報告しやすい、信頼できる環境を作るとともに、被害者が授業やカウンセリング、そのほかの助けを求めている場合には、様々な部署や教職員と連携を取りつつサポートする。さらに、Title IXコーディネーターは、通常の性暴力やハラスメントの被害者支援活動とも少し異なり、被害者一人のサポートに限定されず、大学や、その中の組織や場所などのコミュニティも視野におき、コミュニティそのものが安全な場になるようにする仕事でもあるという。

実際、学生が被害にあった場合、どういうプロセスを経るのか。モンタナ州立大学の場合について、シェーファーさんに聞いてみた。

1.被害学生の話を聞き、正式に告発を希望された場合は書類を作成する。
2.訴えられた側に知らせがいき、Title IX担当のオフィスによる調査が行われる。訴えた側、訴えられた側双方や証人の話を聞き、セキュリティカメラの映像、ソーシャルメディアでの発信、写真やビデオがあるならその検証など、ありとあらゆる方向から調査を行い、記録する。
3.Title IXオフィスが結論を出し、両側に知らせる。その後、訴えた側、訴えられた側双方に、再度回答の機会がある。
4.Title IX担当オフィスがさらなるアセスメントを行い、最終的な結論を出す。その後で訴えた側、訴えられた側に決定とその理由を知らせる。結論への抗議(アピール
は訴えられた側のみならず、訴えた側もすることができる(これは2011年の「書簡」で要求された点だ)。
5.結論が確定し、加害があったと認定されたら、被害者個人、及びコミュニティにとって二度と同様なことが起きないように、加害者に罰則を与える。裁定の最大の罰則は退学となる。

なお、一連の調査や決定は、警察の捜査とは独立してTitle IXオフィスにより行われる。適用される基準が異なることもあり、決定が司法刑事制度による判決と異なることもありうる。

私は、ミシガン大学の大学院生の時にストーキングの被害にあったことがある。1990年代で、Title IXに性暴力もストーキングも含まれてはいなかった時代だ。その時には、ミシガン大学の「学生行動規範」に基づき私が原告として訴え、学内裁判のような審問(ヒアリング)のプロセスを経て、被告側の学生への処分決定が出た。私の場合は裁判長役のロースクールの教員が決定を下す方法となったが、裁判員システム的な方法を使う場合もある。クラカワーの『ミズーラ』では、「学生行動規範」のもとでの大学裁判所での審問を通じて、被害者への二次被害がこれでもか、これでもかと積み重ねられていく様子が描かれていたが、当時のミシガン大学の「学生行動規範」による制度にも審問が含まれており、同様の事態が起きうる。私自身、審問の間、被告側の学生(加害者)とは同室にいなくてはならず、さらに質問にも答える必要が、相当の緊張や恐怖を強いられる経験だった。

2011年の「書簡」は、以前はほとんどの大学で実践されていたという、告発者への反対尋問を行わないことを強く推奨した。シェーファーさんによれば、今もまだ「学生行動規範」モデルを使っている大学もあるが、その数はだいぶ減ったという。例えば現在のモンタナ州立大学では、コーディネーターの指揮のもとにTitle IXオフィスがすべての調査を行い、告発した側、された側が同席する審問は行わずに結論を出す。

私がストーキング被害にあった際には自ら大学警察、市の警察、隣の市の警察など複数の警察や、大学内でも複数のオフィスに連絡せざるを得なかった。また、被害者が複数いた事件だったため、同じ大学のみならず、近隣の様々な街や隣町の大学にも広がっており、被害届が別の警察署に出され、横の連携が取れないという問題もあった。そもそもストーキングなどの犯罪は、必ずしも大学キャンパス内で起きるのみならず、どこでも起きうるものだ。シェーファーさんに聞いてみると、現在のTitle IX担当者は、そうした様々な関連機関の連携を担う役割をも担っているという。被害者にとって、同じ自らが被害にあったストーリーを何度も繰り返し違う人たちに説明をするということだけでも、ストレスが溜まる経験であり、二次被害ともなりうることだからだ。

クラカワー『ミズーラ』で描かれたモンタナ大学(モンタナ州ミズーラ市)で2012年に発生したレイプ事件の場合、2011年の「書簡」送付から半年も経っていなかったため、大学側が立証責任の新基準を学生行動規範に反映するのが遅れており、どの証拠基準を採用するかで混乱があった。また、州の高等教育局も「書簡」で定められた「証拠の優越」基準を無視するなど、制度があまりに整っておらず、問題がある対応が目立った。その後、ミズーラのモンタナ大学にはメディアが注目し、米国司法省の調査が入るなどもあり、制度の変更を余儀なくされた結果、性的暴行対応の制度は大幅に改善されたと、現役の同校教員は語っている。

トランスジェンダーに関する「書簡」

もう一つ、オバマ政権が大学キャンパスに与えた大きな影響は、LGBTへの差別撤廃への動きだった。2014年、オバマ大統領は、職場におけるLGBTの差別を禁止する大統領令を発行。そして、 2016年には、教育省公民権局と司法省公民権局が連名で、トランスジェンダーの学生に関する書簡(Dear Colleague Letter)を出した。学生の性自認やトランスジェンダーであることに基づく差別もTitle IXが禁止した性差別の範疇だとしたのだ。

例えば学校は、学生が望む性自認に合わせて、大学関係書類を発行したり、学生が望む性別の代名詞を使って呼ばれるようにすること、またトランスジェンダーの学生の性自認にあった、トイレやロッカールームなどの設備を使える環境を整えることなどが必要だとした。シェーファーさんはこの書簡をとても充実したものだと高く評価するが、その反面、ほとんどの大学はこの書簡の内容に従う準備が追いついておらず、反発や混乱も大きかったともいう。

こうしたオバマ政権の一連の政策により、大学におけるLGBTに関する対応は大きく変わった。さらにそれとともに、あるいはこうした動きをリードした形で、大学キャンパスにおけるLGBTの学生たちの積極的な運動が与えた影響は多大で、モンタナ州立大学も全く例外ではなかった。ちょうど私がモンタナ州立大学にきてすぐにオバマが大統領に就任したが、この8年間、LGBTの学生団体が大学や市、地元メディアへの働きかけなどを積極的に行い続け、LGBTをめぐる状況は大きく変化した。

続きを読む

多発するキャンパス・レイプ 「レイプの首都」と呼ばれたアメリカの大学街で起きた普遍的な性暴力を巡る問題

(初出:wezzy(株式会社サイゾー)2016年12月17日)

 

 

モンタナ州第二の都市、人口7万人の街ミズーラ。ここにあるモンタナ大学のアメリカン・フットボール(アメフト)チームの選手らが引き起こした複数のレイプ事件が地元紙に報道され、大学はレイプ・スキャンダルで大騒ぎとなった。2012年には、数十件のレイプ事件対応に不手際があったという疑いで米司法局による、モンタナ大学、ミズーラ市警やミズーラ郡検事局への捜査が入ったことで、より大きな注目を集め、ミズーラは「レイプの首都」などと呼ばれるようにもなった。

 9月に翻訳出版された『ミズーラ』(亜紀書房)は、ミズーラで起きたレイプ事件の被害者、関係者、裁判の展開から見えてくる、アメリカにおけるレイプ神話や対応する大学、警察、司法の問題を、ベストセラー作家のジョン・クラカワーが詳細かつ丹念な取材に基づいて描くノンフィクションである。アメリカではここ5年ほど、ミズーラなどでのレイプ事件がきっかけとなり、キャンパス・レイプが深刻な問題として認識されるようになっていた。書も2015年に出版されると大きな話題を呼び、ベストセラーとなった。

 私は同じ州内の、ミズーラから車で3時間ほど離れたボーズマンにあるモンタナ州立大学の教員である。ミズーラのモンタナ大学と、ボーズマンのモンタナ州立大学は同じモンタナ州立の大学システムに属しており、いずれも州内で随一の規模を誇る総合大学だ。アカデミックな意味でも、アメフトなどのスポーツにおいても、ミズーラのモンタナ大学の最大のライバルがボーズマンのモンタナ州立大学という関係性にある。あらゆる意味で似た大学であり、本書に描かれたキャンパス・レイプをめぐる問題は、私自身の大学でも起きうることだ。だがモンタナ州で特有な出来事でもない。アメリカのどの大学や街でも、あるいは日本でも起きている、普遍的な性暴力をめぐる問題をえぐり出している

ミズーラでのレイプ事件の普遍性

 本書の英語版のタイトルは『Missoula: Rape and Justice System in a College Town』、直訳すれば、「ミズーラ:ある大学街で起きたレイプ事件と司法制度」となるが、日本語版の副題は「名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度」となっている。ここで付け加えられた「名門大学」という言葉は全く不必要だろう。「ミズーラ」がアメリカのどこにでもある大学街で、モンタナ大学もごく普通の州立大学で、なんら特殊なことはないというのが重要な意味を持つからだ。

 「レイプの首都」とまで呼ばれたミズーラだが、実際には「ミズーラはこの国のレイプの首都ではなく、むしろ実際には、性的暴行の発生率が全国平均よりわずかに低い」(475-6)という。本書を読むと、これでもかこれでもかというほどに、次々に悪質な性的暴行事件が起きているという印象を受けるが、実際これでも平均より少ないくらいなのだ。

 もちろん、ミズーラという土地柄も関連はする。例えば、人口7万人の小さな大学街であることから、レイプをでっち上げたなどの被害者非難の噂話が広がりやすい。「他の誰もが事情を知っている小さな街と感じられる」(240) と被害者の一人がいうように、被害者がなおさらに辛い状況に置かれるという面はあるだろう。

 また大学のアメフトのチーム(グリズ)の持つ意味合いが非常に大きいという面も無視できない。選手は街のヒーローであり、大学にとっても、市にとっても、人気のアメフトチームがもたらす経済効果は絶大だ。結果、選手らは大学や市民から守られ、特権意識を持つようにもなる。さらにクラカワーは触れていないが、モンタナ州内で法科大学院を持つのがミズーラのモンタナ大学だけであり、結果として法曹関係者がモンタナ大学出身者で占められてしまう傾向も影響しているのではないかとも思う。多くの市民が大学やアメフトチームを守りたいのだ。このような大学街は全米のどこにでもあり、大学やそのスポーツチームがその街や市の主要な収入源として経済効果をもたらすというのもよくあることだ。

 そしてモンタナ大学は、突出してレイプ事件の対応に問題があった大学でさえもない。性的暴行やセクシュアルハラスメントなどに関して、教育改正法第9編(Title IX)の規定に基づき、連邦政府が大学の取り扱いに不手際があったとして捜査を行なったケースは349にものぼっており、そのうち解決したのは57件にすぎない。この調査対象になっている大学は、アイビーリーグなどの私立大学や規模の小さいリベラルアーツ大学、州立大学からコミュニティカレッジに至るまであらゆる大学が含まれている。本書に書かれていることはミズーラのモンタナ大学だから起きたことではないのだ。

守られる加害者と責められる被害者

 2010年から2012年にミズーラで起きた複数のレイプ事件が詳細に説明される中で、書は「レイプ神話」の存在と現実との乖離を鮮やかに浮き彫りにする。見知らぬ人が暗闇から襲ってくるというよくあるイメージとは対照的に、レイプは顔見知りによるものが80%以上を占める。そして顔見知りによるレイプが特に訴追される可能性が低く、さらに連続犯も多い。だが、そうしたレイプ犯は問題ある人たちとは思われず、本人すらもレイプをしたという自覚がなく、相手女性のことを気にかける必要をそもそも感じていないため、自分勝手に合意したと思い込んでいたり、同意を撤回されても平気で無視したりしている。また、被疑者の周りの人たちも、「レイピストになるには彼は思いやりがありすぎ」「将来のある青年」などとしてレイプの事実を否定しようともする。

 本書で詳述される、モンタナ大学のアメフトチームの選手をめぐる複数の事例では、加害者は友人たちからも、大学からも、さらには市民らからも守られる。例えば2012年、モンタナ大学のアメフトチームのクオーターバック(アメフトのスターポジション)の選手がレイプの疑いで逮捕され、のちに法廷で無罪判決になり、大学からの除籍もされなかった事件では、モンタナ大学のアメフトチーム、体育局、モンタナ州ともに被疑者を必死で守ろうとした。アメフトチームに至っては、性的暴行の問題がアメフトプログラムと自分たちのキャリアに悪影響を及ぼしているという被害者意識が前面に打ち出され、被害者を心配する言葉が完全に欠落した声明までも発表した。

 加害者が必死で守られる反面、被害者は、告発した途端に、友人、大学、警察、検察、法廷や、地域での噂話、ネット上など、あらゆるところで疑われ、攻撃にさらされる。なぜ逃げなかったのか、声をあげなかったのか、喘ぎ声をあげていたから楽しんでいたんだろう、なぜ被害を受けてすぐ警察に言わないのか、証言に矛盾があるではないか、遊んでいるから仕方ないのではないか、彼氏を裏切ったからレイプだと嘘をついているのではないか……様々な疑いを向けられるのだ

 クラカワーは当事者や周りの人々の証言、書類、裁判の展開や、アカデミックな文献などあらゆるソースを使って、真相を解きほぐしていく。

 被害者の記憶が直線的でなく漠然としていたり、矛盾があることも普通で、性暴力の被害にあっている最中に叫べなかったり、逃げられないのもよくあることだ。また、ショックやトラウマがあまりに大きいため、証拠となるシーツを破棄するといった不可解な行動を取ってしまったり、レイプ直後はうまくコントロールできていると思い込もうとして、空白時期が生じたりもする。

 一方で「合意の有無」が問題とされる場合、加害者サイドのストーリーが採用されがちという問題がある。例えば共に酩酊状態にある場合は訴追が困難とされたり、途中で女性が拒絶した場合も「合意がない性交だと十分に示すことができなかった」として訴追されなかったりする。酩酊状態にあった女性が途中で多少の意識を取り戻していた場合も、合意がないとは言い切れないとされる。被害者の女性は徹底的に疑いに晒されるのに、加害者男性は疑わしきは罰せず、となるのだ。

 本書はこういう辛い事態に陥ることを覚悟して、それでも告発した人たちの思いを丁寧に描き出す。複数の被害者たちが述べているのが、「自分が告発していたら、これ以上のレイプを防げる・防げたかもしれない」という思いだ。性的暴行の被害を受けたことにとてつもない自責の感情を持ってしまったり、きっと自分は乗り越えて忘れられるとも思いこんだり、でもやはり許せない、といった被害者の揺れる想いも描かれる。そして、そこまでの勇気を持って告発した被害者がのぞんだ裁判の展開をクラカワーは詳細に記述するのだが、被害について具体的、詳細な質問の連続で、かつ被告側弁護士からは被害者の人格をも批判され、読むのも辛い場面が続く。だがこれにより、本書でクラカワーが目指す「これほど多くのレイプ被害者が警察に行くのをためらう原因は何なのかを理解すること、そして被害を受けた人々の観点から性的暴行の影響を認識すること」(10)がひしひしと伝わってくる。被害者は警察、法廷、大学やコミュニティにとあらゆる場でPTSDにも悩まされながら、厳しい戦いを強いられる状況になるのだ。

続きを読む

旭川市でいったん止まった条例制定の動きと市民運動

週刊金曜日』2022年10月28日(1398号)特集「統一教会だけじゃない!part2:「家族」に介入する自民党宗教右派」内掲載記事 (編集部の許可を得て転載)

 

2020年頃から「家庭教育支援条例」制定に向けた動きが活発化した北海道旭川市では、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)を中心に、日本会議モラロジー自民党が連携してきた。統一教会が注目される中で制定の動きはいったん止まったが、そこには危機感を抱いて活動を続ける市民らの力もあった。

 

条例制定を目指して2020年8月23日に設立されたのが「旭川家庭教育を支援する会」だ。設立直前に、地元の有力な経営者であり、日本会議支部「上川協議会」の会長や旭川モラロジー事務所の代表世話人も務める落合博志氏と、統一教会旭川家庭教会総務部長の万代英樹氏の二人が市議会の各会派を回って会の設立準備をしていると趣旨説明をしたという。

「家庭連合」の名刺で

 8月7日に訪問を受けた能登谷繁旭川市議(共産党)によれば、万代氏が「支援する会」の名刺を出したため「普段はお仕事とか何されているんですか?」と聞くと、「家庭連合」の名刺をおもむろに出してきたという。「いやあ、(共産党の)私にこれ出すのかよと思いました」と能登谷市議は苦笑いする。

 野村パターソン和孝市議(立憲民主党)は、21年9月の市議補選で初当選した後に万代氏が連絡をしてきて、面会したという。帰り際に仕事を聞くと、やはり家庭連合の名刺を渡された。統一教会関係者がかなり表立って動いていたことがわかる。

「支援する会」の会長には自民党の東国幹北海道議(のち衆議院議員)が就任し、幹部には道議や市議らが加わった。副会長には落合氏が就き、中心的な役割を果たした。事務局長は菅原範明市議だが、事務局次長の万代氏が運営の実質の中心だったと思われる。また、同会幹事長を勤めた自民党の蝦名信幸市議は息子の蛯名安信市議とともに統一教会の元会員ということを『北海道新聞』のアンケートで認めたと今年9月3日付で報じられた。

利用された「いじめ問題」

 一方、能登谷議員から「支援する会」の立ち上げを聞いた旭川市民の由井久志氏らは違和感を持ち、まずは勉強会を開くことにした。そして「旭川家庭教育支援のあり方を考える会」を20年10月に設立し、講演会や学習会などを積み重ねてきた。旭川市議会は与野党が拮抗しているため、ちょっとしたことで力関係もひっくり返り、条例案が出されたら通されてしまうかもしれないという危機感が常にあったと由井氏は語る。

 

ただ、「支援する会」は「考える会」を上回るスピードで講演会を開催していた。特に「支援する会」は、21年に旭川で起き、全国的な注目を浴びている女子中学生のいじめ凍死事件を取り上げ、どういった内容の条例を作ろうとしているかなどの詳しい内容には踏み込まずに、いじめ問題を解決するためにも「家庭教育支援」が必要だと強調。裾野を広げ入会者を募っていった。

能登谷市議は「家庭、教育、支援と悪い言葉はひとつも入っていないので、単純に良いことだと思ってしまう人もいるが、行政が家庭や教育のあり方を指図すべきではない。家庭版の憲法改正運動のひとつだ」と話す。由井氏は「家庭が本当に必要とする支援を届けなければいけない」とした。

21年9月の旭川市長選挙で、条例制定を公約に掲げる今津寛介氏(自民党)が当選すると、いつ議会に条例案が出されてもおかしくない状況になった。翌月10月の衆議院北海道6区は「支援する会」会長の東氏が当選。今年1月には「支援する会」が意見交換会を開き、教育関係者や旭川市の職員や市議に「支援する会」の条例案を提示した。

危機は終わっていない

だが、今年7月の安倍晋三氏銃撃事件で統一教会が注目を集めると、雲行きが一気に変わった。野村市議や由井氏らは各々に問題を積極的に発信。8月には「支援する会」と統一教会の関係をTBS「報道特集」が扱い、さらに地元での影響力がある『北海道新聞』も報道したため、批判が強まっていった。また、東議員や今津市長、蛯名市議と統一教会との接点も発覚した。

 そして9月14日、突然「支援する会」は解散した。「少し時間的猶予をもらった」と由井氏は言う。圧倒的に自民が強い議会ではないので、簡単に条例案を出せなくなったことは確かだ。だが条例制定の動きが終わったとも考えられないという。統一教会の役割は大きく、今まで条例が制定された自治体に比べ、旭川では関わりが顕著だった。同時に、条例をめぐってはさまざまな勢力が連携して動いており、統一教会だけ切り離しても他は安泰で、条例を推進できてしまうからだ。

 また、メディアで報道されるようになっても、市民に「家庭教育」をめぐる問題について知られているとは言いがたい状況があると、由井氏、能登谷市議、野村市議は口々に語った。問題のわかりづらさを考えると、SNSでの発信やメディア報道だけでは限界がある。能登谷市議や由井氏は、今だからこそさらに地道に勉強会などを積み重ねていきたい、という。野村市議は、今後はチラシなどの紙媒体も活用し、市民に草の根的に問題を訴えていくつもりだと語った。

 条例ができてしまった自治体では、条例撤廃を望む声も上がりつつある。家庭教育をめぐるせめぎあいに、より注目する必要がある。